A.D. 2079
注意事項
・仮初めの自由と塔EDのネタバレ
・Vタケ?タケV?(書いてる本人すらよく分かってない)
・若干の性暴力表現(モブ→V)
カブキの路地裏に入る。戦う術を持たない今の状態で踏み入れるのは自殺行為に等しいが、それでも踏み入れたい理由があった。薄暗い道を進んでいくと、人が暮らしているような形跡が見え始める。ドラム缶に焚べられた木材や空き瓶、隅に荷物がまとめられている。
カン、と空き瓶を蹴飛ばした音が虚しく鳴り響く。その音に呼応するように、男が姿を現した。
「タケムラ……」
つい声を漏らしてしまった。ボイスメールで姿を見てはいたものの、改めて目の当たりにすると、かつての威厳や復讐に燃えていた姿が抜け切ってしまった事に虚しさを感じてしまう。
「V、か」
Vの声色で今の自分の状況を察せられたのだなと、顔を伏せるタケムラ。
「ここへ何しに来た。状況は知っているだろう」
「……最後の挨拶に来たの」
タケムラは側にあった椅子に腰掛けた。目線はゴミの散らばった地面に向けられている。Vは壁に寄りかかり、タケムラを一瞥するが、タケムラと同じように目線を地面に向けた。そんなぎこちない雰囲気を打破したのはタケムラだった。
「随分と雰囲気が変わったな。キャップなんて被るタイプじゃなかっただろう」
「それを言ったらあんたもでしょ。ナイトシティに馴染んだね」
ふふ、と少し笑い合ったのも束の間で、また静寂が訪れた。Vは少し真面目な顔をしてタケムラの目を見て口を開く。
「Relicの問題は解決した。もうRelicに命を蝕まれることはなくなった」
「そうか」
「それで、あたし……ナイトシティを離れる事にしたの」
「そうか」
一瞬の沈黙だったが、お互いに気の遠くなるような時間に感じられた。
「てっきり、今の言葉を聞いたら銃口を向けられるかと思ったのに」
自虐のようにそう言葉を発した。ナイトシティを離れるという決断を罰してほしいと、そう思ってしまった。自分勝手な奴だ。
「……そうしてほしいのか?」
先ほどの相槌と違い、少し力の籠った声色でVに問うタケムラ。
「もう一度聞く。V、なぜここに来た」
「そうやって昔馴染みの所へ顔を出して、自分だけ気持ちに区切りを付ける為に、過去を清算しに来たのか?」
「……そうじゃなければ良かった。でも、ナイトシティに戻って来たのはヴィクに診てもらう為よ」
苦虫を噛み潰したような表情で、吐き捨てるように言うV。
「ヴィクターにか? おい、さっきRelicの問題は解決したと言っただろ……」
「よぉよぉ!! こんな路地裏でジジイとネーチャンが何してんだァ!? ナニするってかぁ!!」
ガチャガチャと音を立ててチンピラ2人が割り込んできた。彼らの姿を見るにスカベンジャーだろう。
「タケムラ、もう行くね」
今のVでは彼らにすら立ち向かう事は出来ない。足早に立ち去ろうとした。だが。
「V!」
「V?……おいジジイ、今そのアマのことVって呼んだか?」
「おいクソアマ!! サンドラ・ドーセットの時といいアルデカルドスのクソノーマッドの時といい、どこまでもしゃしゃり出てくるよなぁ!? ああ!?」
スカベンジャーの一人がVの首に片手を掛ける。それに抵抗出来ないV。そのまま地面に叩きつけられ、のたうち回るV。その衝撃で被っていたキャップが吹っ飛ばされてしまう。
「おいおい洒落た髪型してんなぁ!! よく見りゃあ相棒のクロームはどこにやったんだ? 随分キレイな身体じゃねえか?」
「チューマ、クローム売り飛ばすなら俺らに相談しろよ、なぁ」
スカベンジャーの一人がVに馬乗りになり、Vの身体を品定めし始めた。声が出なかった。敵わない。よりにもよってタケムラの目の前で。
「ジジイ、なにボケーっと見てやがんだ。なんだ? お前も俺らに品定めしてもらいてぇのか?」
そう言い終える前に、ケンシンの発砲音が鳴り響いた。思わず目を瞑り、恐る恐る目を開くと、横にいたスカベンジャーの顔面に大穴が空いていた。
「てめぇ!!」
もう一発、Vに馬乗りになっていたスカベンジャーに鉛玉が叩き込まれる。頭が吹き飛ばされ、制御を失った亡骸がVにもたれかかる。
「……お互い、代償は大きいな」
タケムラがしゃがみながらそう呟くと、Vにもたれかかったスカベンジャーの亡骸をどかしてやった。
「なぜ助けたの……もうあたしを助ける理由なんてないでしょ」
スカベンジャーの返り血を浴びたVが、ようやく絞り出した細い声で言う。
「死にたくはないんだろう。生きる理由を見出せていないだけでな……それは俺も同じだ。で、その格好のままナイトシティを後にするつもりか? 俺の部屋のシャワーを貸してやる」
タケムラがそう言うと、自分の上着を脱いでVに渡した。Vは震える手で受け取った上着を肩にかける。
「……ありがとう」
「そばに車を止めてある。ついて来い」
Vが無言で頷くと、二人は路地裏を後にした。
二人はタケムラの車に乗り込み、目的地へと出発した。
骨董品のような車ではあるが、丁寧に整備しているようで乗り心地は悪くなかった。
「てっきり路上生活でもしてるのかと思った」
すっかり様変わりしたナイトシティを横目にタケムラに投げかけるV。見慣れなくなった街並みを眺めるのは、すっかり気分が悪い。
「最初の頃はそうだった。だが仕事にありつけるようになって、なんとか住居を確保することが出来た」
「仕事? なんの仕事をしてるの」
「オカダさんから依頼される仕事だ。お前ならよく知っているだろう」
「ワコがあんたに依頼するなんてね」
「ああ、話せば長くなるが……路地裏に居たのも仕事の用でな」
「前のあたしみたい。」
そう独りごちるV。タケムラに聞こえていたようで、大きなため息を吐きながら言う。
「まさか、この年でメジャーリーグを夢見る気持ちが分かるとは思わなかったがな」
「メジャーリーグ、ね……」
沈黙を埋めるようにラジオのニュース番組が流れる。二年経ってもどうしようもない話題が席巻するのは変わらないらしい。
「着いたぞ」
二人は車を降り、タケムラのアパートに向かった。
「浴室はそこのドアだ」
部屋に入るとタケムラにそう案内され、浴室に入ったVはボロ切れのような服を脱ぎシャワーを浴び始めた。こんなはずじゃなかったのに。タケムラの優しさに甘えてしまっている自分が虚しい。
暫くして浴室の外からタケムラが声をかけてくる。
「V、タオルを渡し忘れていた。少しいいか……V? V!」
不穏に思ったタケムラが勢いよく浴室のドアを開ける。Vはシャワーに打たれながら壁にもたれ掛かり、浴室の隅を見つめていた。
「ごめん、少しボーッとしてた」
「本当にRelicの問題は解決したんだろうな?」
「解決した。お陰さまでスカベンジャーお墨付きの綺麗な身体になったよ」
そう言って、タケムラの前で両手を広げるV。
「V……」
「Relicを摘出する手術を受けたの。その時に神経を損傷して、戦闘系のクロームは全て使えなくなった……だからあたしはもう戦えない。二年前のあたしじゃない。もうこの街じゃ生きていけないの!だからあたしは……」
次の言葉を発しようとした時、Vの口元はタケムラの手に覆われた。
「もう言わなくていい」
暫くして、Vは口元を覆うタケムラの手を外し、その手をぎゅっと握りしめた。手は震えていた。俯きながら、シャワーの水と涙が混じったものが頬を伝うのを感じていた。
落ち着いたVを見たタケムラはシャワーを止め、持ってきたバスタオルをVの頭に被せた。
「ナイトシティの水道代はバカにならないからな」
「……なにそれ」
思わず吹き出してしまうV。
「使い終わったタオルはその辺に置いといていい」
タケムラはそう言いうと浴室を後にした。Vもバスタオルで体を拭いて着替えて浴室を出た。
浴室を出ると、お茶の匂い──タケムラが淹れてくれた、おそらく煎茶だろう──が部屋に広がっていた。どうにもコーポ時代を思い出してしまうのだが、今は安心する匂いだ。ダイニングテーブルのそばに寄ると、タケムラがお茶を差し出してくれた。
「それで、いつ出発するんだ? 疲れたなら今日は泊まっていっても構わないが」
Vは椅子に腰掛け、差し出されたお茶を一口飲んだ。ナイトシティに来て久しぶりにほっとした気がする。ママ・ウェルズに迎え入れてもらった時以来か。
「いや、今日中に出発する。元々長居するつもりじゃなかったし」
手に添えた湯呑みを見つめるV。
「……気持ちは嬉しいけど」
Vがふと部屋を見渡すと、ソファに乱雑に雑誌が置いてあるのが目に入った。型落ちのキロシのせいで詳細は分からなかったが、かろうじてアラサカの4文字が読めた。タケムラがそれに気づいたのか、ため息をついて話始める。
「今でも、アラサカにまつわる情報を集めてはいる」
「何の為に? その、ハナコはもう……死んだんでしょ? アラサカ自体ナイトシティから撤退までしてるじゃない」
「さあな……」
タケムラは自分のお茶を一口飲むと目を伏せ、黙り込んだ。また二人の間に沈黙が続いた。
Vは冷めつつある湯呑みを握りしめ、タケムラの目を見て言う。
「あたしを殺そうと思ったことは?」
「あったよ」即答だった。
「ナイトシティ中を探し回った。ホロもかけた。お前の友人たちにも居場所を聞き出した。だが誰も知らなかった。そうしている間にヨリノブはアラサカを破壊し尽くした。俺はアラサカに追われる身であったのに、追う側が居なくなっていた。俺は……死ねなかった」
「……あたしにボイスメールをくれたのは?」
「つい先日、繁華街を歩いていた時にお前の友人のミスティに声をかけられたんだ。まだVのことを探しているのかと。最近、ナイトシティでVと再会したと聞いた。」
「ミスティ……」
まさかミスティからタケムラに声をかけるとは。驚いた顔をしたVにタケムラは続ける。
「お前を売ったわけではない。見抜かれたんだろう、俺の復讐の灯火がとうの昔に燻ってしまったことをな。それで……俺は……ボイスメールを残すことにしたんだ」
タケムラは冷めたお茶を一気に飲み干した。
「お前は二年前にナイトシティを去った時に死んだ。今日のお前を見てそう思ったよ。俺は猟奇殺人鬼じゃない。今のお前を殺すことに何の意味も無い。そして俺も……死んでいたんだ」
「……ええ、そうね」
俯く二人。漂っていたお茶の匂いも既に消え失せていた。Vは反論する気もなく、タケムラの言葉を受け入れていた。
うんうん小さく頷いたVは冷たくなったお茶を飲み干し、席を立ってタケムラに言う。
「シャワーとお茶、ありがとう。そろそろ行くね」
「……途中まで送ろう」
「いや、いい。デラマン呼ぶから」
「デラマンか。あいつだけは変わらないな」
「羨ましいくらいにね」
思わずVの顔を覗き込んだタケムラが、微笑みに似た顔で答える。
「そうだな」
二人は玄関口まで向かい、Vがタケムラの方に向き直る。
「まずはラングレーに行く、とだけ伝えておく」
無言で頷くタケムラ。
タケムラと向かい合った状態で玄関のドアのスイッチを押すV。
「……さよなら、タケムラ」Vが一歩下がる。
「さようなら、V」
数秒して、ドアが閉まった。
「おかえりなさいませ、V様」
Vは呼び出したデラマンに乗り込み、行き先をデラマンに伝える。
「それでは、オービタル・エアに向けて出発いたします」
デラマンはエンジンをかけ、タケムラのアパートから出発する。
「ねぇ、さっきタケムラと会ってきたんだけど、覚えてる?」
Vは窓の外を眺めながらデラマンに言う。
「ええ、覚えております。タケムラ様はお元気でしたか?」
「んー、まぁ死んではなかったかな」
「それは良かったです」
「でもタケムラに言われたよ、お前は二年前に死んだって。それで自分も二年前に死んでたんだって」
「先ほど、死んではなかったと仰られていましたが……それにV様は……バイタル正常、意識もはっきりされておりますが」
困惑した様子でデラマンは返す。
「比喩表現よ。……実際、その通りだと思った。」
「あの、V様の意図した返答になっているか分かりかねますが」
「なに?」
「V様は、今も生きておられると思います。常に目的を持って行動されていましたから。タケムラ様もきっと同じかと」
「……」
Vは答えることができなかった。Vは天を仰ぎ、目を瞑り大きく息を吸い込み、息を吐いた。外から発砲音と悲鳴が聞こえた。
いつものナイトシティだった。